41 刻を止める

妄想エッセー

 
先日、広島大学の公開講座を受講するため同市を訪れた時のことである。
 
講座を終えて宿泊先の福山へ移動しようと地下駐車場に停めた車に向うためエレベーターに乗っていた時だった。私の後から乗ってきた60歳前後の男がおもむろに話しかけてきたのである。
 
「珍しい時計をされてますね。」
 
「あ、これですか?」
  
その時私が腕にはめていたのは、スウォッチのマヌカンというモデルで、透明なハウジングにアンシンメトリックな文字盤が特徴の個人的にお気に入りの時計だった。定価が6,000円程の所謂高給な時計ではないが、自分以外の人が腕にはめているのを見たことがないので珍しいと言えばそうなのかも知れない。
 
「実は、貴方様に買って頂きたい時計があるのですが、、、どうでしょう、お話だけでも聞いては頂けないでしょうか?」
 
全くの初見でいきなり時計を買ってほしいというのはいかにも胡散臭い話であるが、その人が醸し出すオーラというか雰囲気に怪しい物は全く感じられなかった。むしろ、説明のつきようがない親近感さえ感じる程であったのと、夏の日長で急いでいたわけでもなかったので、1階で降りてロビーにある喫茶店へその男と入った。
 
「早速ですが、時計というのは、これでございます。」
 
男が手に持っていた黒い革張りのアタッシュケースを開けると、そこには一個づつビニールの袋に入れられた腕時計がざっと50個程収められていた。どれも特別に高級そうでも変わったデザインでもない標準的な金属製の時計で、よく見ると結構古い物ばかりのようだった。
 
「アンティーク、、ですか?」
 
「いえいえ、そうではありません。ありませんが、それより遥かに価値のある物です。人の命と同等に価値があると言っても過言ではありません。」
 
世の中には腕時計というよりもアクセサリーとして宝石と同等の扱いを受ける腕時計があって、何千万とか何億の価格で取引されているのを聞いたことはあるが、人の命と同等というのは初めてである。
 
「一体、どういう、、」
 
 「そのご質問はごもっとです。ですので単刀直入に申し上げますと、この時計は時間を止めることができる時計なのでございます。」
 
ちょっと想像を超える話に暫し黙り込んでいたら、
 
「俄かに信じられないのは当然だと思います。私とてこの腕時計を先人から引き継いだ時は、とても信じられる話ではないと思いました。でも、本当なのです。」
 
「うーん、見た目、年代物の一般的な時計にしか見えないんですが、何か超ハイテクな技術で作り上げられたパーツが内蔵されているんですか?」
 
「それが、そうではございません。ここから先は話が重くなるのでございますが、、、これらは広島の遺品なのです。あ、いやいや、これをご理解いただくには一からの説明が必要でございます。」
 
「と、いうと?」
 
「ありがたい。私がお見受けしたとおりのお方で、このようなお話に耳を傾けていただける。いや、説明をさせていただきます。貴方様は原爆資料館にある被曝して止まった時計をご存知ですか?」
 
「ええ、残念ながら実物は見たことがありませんが教科書とかでは、、、。」
 
「壁掛け時計と腕時計の違いはありますが、あれと同じで、ここにある腕時計も全て1945年、広島に原爆が落とされて被曝した物なのです。」
 
「止まった時計だから時間を止めているとかのオチではありませんよね?」
 
「もちろんです。ただ、現実としてここにある腕時計は全て、あの瞬間に止まったままのものばかりです。」
 
「それはつまり、、、。」
 
「お察しのとおりです。現状では壊れた時計でございます。しかし、ここからが肝心なところですが、この時計は全て手巻き式で、直せば普通に時を刻むようになります。そして、一旦巻き上げた状態からバネが伸びきったり、竜頭を引っ張って止まった状態になると、時計をしている人から見て時間が止まってしまう力を出すのでございます。
 
「、、、どういう仕組みでそうなるんです?」
 
「それは、、、正直、私にもよくわかりませんが、あえて言わせていただくと、原爆の熱線や爆風で一瞬にして蒸発させられた人々の念といいますか、本来ならその先があったはずの多くの命が失われ、それぞれに与えられていたはずの時間が激しい爆発のエネルギーによって科学反応を起こして時計に照射されたためにそういう力がもたらされた、、、。失われた時間が時計という時を刻む機械にとじ込められたと言った方がわかりやすかもしれません。とにかく、その時計を修理して再び時を刻むようにすることで、閉じ込められた時間が解放されるようなのでございます。私が着けているこの時計も同じ力を持っておりまして、実際に私も経験したことがございます。時計が止まった瞬間から動き出すまで、世界は停止するのでございます。まあ、実は時間が止まったように見えて、本当は時計をしている人が時間軸を同じ速度で遡っているようでございますが、それは相対的なことで結果は同じでございます。」
 
私に口を挟む隙を与えないかのように、落ち着いた口調ながら一気に語る男の背後には目に見えない陽炎のようなものを感じた。
 
「それが本当だとしたら、、、なぜ私に声を掛けてくれたんでしょうか? まだ、値段を聞いていませんが、それだけのものならきっと高額というか、お金に糸目をつけない人だと億単位で購入する人だっていると思うのですが、、、。」
 
「それは、貴方様の容姿や着けてらっしゃる時計のセンスと性格、そして年齢が、この腕時計をお譲りする方の条件にぴったりだったからでございます。」
 
「時計のセンスを褒めていただくのは嬉しいことですが、性格って、、、。」
 
「この仕事を生業としている私には、お召し物と着けている腕時計のデザイン的なバランスから、その人の性格をある程度類推できるのでございます。貴方様は基本的には真面目で大切な約束や秘密を守れる自制心のあるお方。しかも、所謂科学的証明がされていないような事柄にも最初から否定的な構えをしないタイプではございませんか?」
 
「まあ、外れてはいません。」
 
「もう一つ、貴方様の年齢は現在、、、52歳ではありませんか?」
 
さすがに、これには少し驚いた。自分で言うのもナンだが、私は童顔のせいか実年齢よりも若く見られる。これはこれで仕事や人間関係上不利なことも多々あるのだが、ま、それは置いといて、30後半になったあたりから今まで、極親しい人や同級生はともかく、初見ではなくても実年齢を一発で言い当てた人は一人もいない。だいたい5~10歳は若く見られるのだ。
 
「これに関しては、大変失礼ではございますが、貴方様にお声を掛ける前、先ほどのエレベーターに乗る前に、この時計で時間を止めて勝手に免許証を拝見させていただきました。ですから、言い当てたのではなく知っていたのでございます。それに、見た目が若くていらしゃるということはこの時計をお持ちになる上で重要でございます。
 
「どういうことですか?」
 
「私を見て、今、何歳だと思われますか?」
 
「人の年齢を当てるのは苦手ですが、、、59歳くらい。」
 
「こう見えて私、38歳でございます。」
 
「えっ!」
 
どう見ても完全に老人の風貌と落ち着きを持った目前の男を一回り程自分よりも若い人だとは思えない。
 
「そうなのです。私は貴方様と逆で実年齢より老けて見えるのでございます。なぜかお知りになりたいでしょうか。実は、私がこの仕事を先人から引き継いだのは20歳の時でございました。その時はそれなりの見た目でございましたが、気がついたら老けていたのでございます。なぜなら、先ほど時間を止めると自分が過去に遡ると申し上げましたが、遡っているのは時間軸に対してだけでございまして、体の成長や老化は進んでいるのでございます。この仕事をする上で先ほどのように時間を止める必要に迫られることが多々ありまして1回の時間はそんなに長くなくとも、チリも積もれば山の如しのごとく、20年足らずの間に10年分程時間を遡っていたわけでございます。」
 
老けて見えるようになったではなく、「老けていたと」言った男の声は30代のそれではなかった。
  
「先人からできるだけ時間を止めないよう忠告を受けてはおりましたが、最初はどうしてもその仕組みというか理屈が知りたくて何度も試してみたり、多忙で疲れて寝る前にネジ巻きを忘れたまま腕時計をして寝てしまい、目が覚めたら床に入って2時間程しか経っていなくて、辺りのあまりの静けさに時計が止まっていることに気がついて、いったい何時間程寝ていたのか記憶がないことも時々あったのでございます。」
 
「つまり、身体の齢が実年齢で数字の歳は実年齢ではないということですか。」
 
「そのとおりでございます。もうお分りと思いますが、この時計をお着けになって時間を止めるということは身体の実年齢が通常より進む副作用があるということでございます。ですから、通常に言う所の実年齢よりも若く見える人であることが重要なのでございます。私のように人知れずこういう仕事を生業としている者にとってこのように実際の身体が世間より早く老けてしまうということは宿命といえることでございまして、私の先人は44歳で鬼籍に入りました。この仕事は私で3代目になります。」
 
「、、、なぜ、ご自分の寿命を犠牲にしてまでこの仕事をなさっているのですか?」
 
「ははは、それは世間一般的な寿命の話でして、時間を止めている間は他の人より長く生きていて相対的には同じでございますので、、、それに、この腕時計や博物館にある例の掛け時計に閉じ込められた時間を全て解き放つことができた時、原爆で犠牲になられた方々の御霊を解放することができ、あの時一瞬で失われた多くの未来という時間を埋め合わせることができるのではないかと考えていいるのでございます。更に、これは初代の人からの言い伝えでございますが、時間を閉じ込められた全ての時計が修理され刻を刻み出したら、失われた時間の束が大きな流れとなって蘇り、傷んだ歴史を補ってなお余るような現象が起きるかもれません。」
 
なんだかすごい話になってきた。
 
「縁あって私はこの仕事をさせていただいていますが、私の代でこの腕時計を全てどなたかにお譲りするのは到底叶いません。この広島の街で後を引き継いでくれる人を探しながら、こうやって閉じ込められた時間を解放していただける貴方様のような方を日々探しているのでございます。どうでございましょう。ご協力と言っては語弊がありますが、ひとつ、お力をお貸し願えませんでしょうか?」
 
「世間の刻の流れから見ると寿命を縮める覚悟が必要という、、、」
 
「そのリスクがあるのは否定いたしません。でも、腕時計を修理いただいて止まらないようにネジを巻いていただくか、身に付けないようにしていただければ、私のように老け込むこともないでございましょう。もちろん、どうしても忘れてしまったりすることがあるでしょうし、時間を止めることへの興味を抑えることがほとんど不可能なのは承知しています。しかし、どうしても時間が足りなくて、取り返しのつかないことになるのがある程度前もってわかっているといった状況では大きな力となることもお分かりいただけるものと思ってございます。」
 
「でも、それって、誰にも気づかれずに悪事を働くこともできてしまうということでもありますよね。」
 
「貴方様は、そんなことをなさるような方ではございません。失礼ながら、貴方様や私を含め世の中に完璧な人などいないことは重々にわかっています。しかし、貴方様は自分の私利私欲に溺れるような方ではないというのが私の見立てでございます。それゆえお声を掛けさせていただいたのでございます。」
 
まっとうな人として見てもらえたことに喜びというか安心感みたいなものがあったが、私も全く闇を持っていないわけではなく、むしろその闇の深さを自分で解っているので重い気持ちになってきた。
 
「同じ国の方というだけで、縁もゆかりもない方にこの地で亡くなった方々の慰霊をお願いするようなことになり、誠に心苦しいのではございますが、いかがなものでしょう?」
 
どう返事をしていいのか分からず逡巡しつつ、苦し紛れに出てきた言葉は腕時計の値段を尋ねるものだった。何とかこの重い話から逃れたいという気持ちが働いたのかもしれない。
 
「はい、どれをお選びになっても千円でございます。今までのお話でお分かり頂けるとは思いますが、お譲りできるのは1本だけでございます。」
 
「えっ? 今の話が本当なら千円とは安過ぎませんか?」
 
「そうかもしれません。でも、純粋に腕時計としての価値となると壊れていて、修理代をご負担いただかないといけない物でございますし、先程来お話したリスクを負っていただくことになりますので。」
 
「でも、これを生業とされているとおっしゃいましたからには、それなりの金額でないと厳しいのでは、、」
 
「それはご心配に及びません。詳しくは申し上げませんが、この仕事をさせていただいていると、不思議とお金が舞い込んでくるのでございます。もちろん、時間を止めて悪事をはたらいているわけではございませんのでご安心ください。」
 
「はぁ。」
 
まさに「はぁ。」というしかない。
 
「これを譲っていただくに当たって何か条件というか制限はあるのですか?」
 
なんとなく買う方向に気持ちが傾いていることに自分で少しだけ驚きつつ問うと、
 
「これも、言いにくいことではありますが、貴方様がお亡くなりになる前に、誰か信頼の置ける方に時計をお譲りいただくか、私、、、、いや、その時には私の後継者になっていると思いますが、とにかくお返しいただくことが残された条件になります。それ以外は、私がお声を掛けさせていただいた段階でクリアされております。
 
かくして、今、自宅でビニール袋に入った腕時計を眺めていて、いつ修理に出すかぼんやり考えている。
 
 

(2016.08.29作成)