39 ヘアカット・ブース

妄想エッセー

 
一昨々年前のことだけど、久しぶりに東京へ行った。
 
目的は中島みゆきさんの「夜会」デビューとボイストレーニングを受けること。11月26日から2泊3日の行程だったが、目的の2つは両方とも27日。私としてはめずらしく飛行機のチケットや宿の手配はずいぶんと前に済ませていたが、いつものように事前調査なしで、初日と最終日をどうやって過ごすかは全く考えていなかった。
 
なので、初日は羽田空港で遅めの朝食を食べてゆっくりした後、とりあえず秋葉原に行くことにした。その前に行った時には取り立てて興味を掻き立てるモノが無かったが、iPhone発表以来続いているAppleの躍進でMac関係の店が復活しているのではないかと淡い期待を抱いていたのだ。しかーし、それはあっさり裏切られてしまい、仕方なく大通りから外れた所をテキトーにうろついていると、とある電器パーツ店の裏道にひっそりと置かれているモノに目が止まった。
 
近寄ってみると、それは一見、証明写真ブースだが「証明写真」の代わりに「SANPATSU」の文字が書かれていて何ともアヤシイ雰囲気を醸し出していた。昔から何やらアヤシイモノに興味をそそられる悲しい性格の私は、吸い寄せられるように暖簾風の仕切をくぐって中へ入った。
 
中に入ると何だか少しだけ違和感を感じたが、基本的に証明写真ブースと同様の造り。しかーし、椅子に座って目の前にある説明ボタンを押して正面のモニターに映し出されるその内容を見て驚いた。なんと、それは無人散髪ブースだったのである。
 
しかも、その機能がハンパではない。椅子に座ってスキャンボタンを押すだけでブース内に設置された複数のカメラやセンサーで現在の髪型だけでなく、髪の長さやカール具合までをも感知して、カテゴリー分けされた選択可能な髪型のリストがモデルのイメージアイコンとともにモニターに表示される。その中から好みのものを選択すると、その髪型が自分の顔に合成されてモニターに写し出される。しかも、合成された髪型は自分の頭が動いてもそれに追従してくるので、好きな角度から散髪後のイメージを確認することができるのだ。後頭部を見ようと後ろを振り向くと、丁度そこには鏡が貼ってあって うまい具合に確認できる。この時点で気がついたのだが、ブース内に入った時に感じた違和感の原因はこの鏡だった。
 
で、気に入った髪型を選択して決定ボタンを押すと、料金500円を投入してくださいという音声とモニターによる案内がある。そう、なんとワンコイン散髪なのだ!
 
さすがに実際にどういう手段で髪を切るのか心配なので、そこで一旦リセットして説明をよく見てみると、先端に付いた櫛の長さや形状が可変するバリカンと、ドライヤーのような送風機がそれぞれ別のアーム先端に装着されて左右の壁内から出てきてカットするそうな。送風機で斜め下から髪の毛を吹き上げつつ、カット部分に合わせて最適化された形状の櫛になったバリカンでカットするらしい。で、ヘアカットだけで洗髪機能はないみたいである。
 
カットの際、頭を少々動かしても先述のカメラやセンサーでその動きを感知し、アームを適切に調整して0.3mmの誤差内で的確なカットが可能との説明だった。また、安全性の確保のため頭を大きく動かそうとすると、その動きをモーションセンサーが先読みしてバリカンや送風機が停止するとともにアームを引っ込めるようになっているのだ。
 
映画やテレビに登場するジョークのように常識をあまりにも大きく凌駕するその仕組みにしばし呆然としていたが、ホテルに向かう時間をiPhoneが知らせてきたため、実際に髪を切るところまでいかないままブースを出ることになった。
 
出がけにふと出入り口の上部に目をやったらシャッターが付いていた。どうやら髪を切る前にブース内から閉めるらしい。
 
翌日は当初の予定どおりボイストレーニングと夜会を堪能したが、どうにも気になって最終日にもう一度見に行ったら、そこにあったはずのブースはなくなっていた。
 
興味半分でたまたまiPhoneのカメラで撮影していた操作パネルに張ってあったサイトアドレスをもとにwebを見に行ったら、どうやらアメリカのベンチャー企業が試験的に設置しているらしい。サイトはこちら
 
面白いのは試験段階というのもあって、この散髪ブースの設置場所は不定期に移動しているらしいのだ。サイトから会員になれば、その時の設置場所をグーグル・マップ上で調べることができるような仕組みになっていて、「ヘアカットの冒険に出かけよう!」みたいな謳い文句があったり、遊び心をくすぐる仕組みになっているみたい。
 
技術の進歩が生んだ新たなサービスの一例として興味深いが、私の住んでいる地元にこういったサービスがやってくるのはいつのことになるんだろうと物思いに耽る今日このごろである。
 
 
 
 
 

(2014.05.11作成)