31 バイオ撥水加工

妄想エッセー

 
先月の初旬、仕事を終え帰宅すると同時に電話が鳴ったので取ると高校時代の同級生T安君だった。
 
彼は一浪後、臨県の大学に進学して卒業したが、それではもの足りず九州の大学へ再入学し、さらにドクターコースに進んで30歳になっても学生をしていた根っからの勉強好きである。大学で博士号を取得した後、ドイツへ渡って細菌の研究を何年もしていたという研究好きでもある。
 
その彼が電話の向こうで「お前にちょっと見てもらいたいモノがある。」と言うので興味半分で快諾した。
 
で、何処へ行けばいいのか訪ねたら「筑波」という返事が返ってきて「う゛っ 遠ーいではないか、そーいえばあいつは茨城に住んでいるんだった。」と思ったが、久しぶりに東京方面へ行くのも悪くないので遊びがてら行くことにした。
 
さて、某駅で待ち合わせをして車で彼の会社に行ったのだが、そんな遠方まで私が足をのばせるのは週末しかなく、当然、彼の会社も休日である。しかし、彼が車を乗り入れたのは、警備員が門の開閉を厳重に管理している敷地の正面玄関からであった。
 
彼の務めている会社名はここで明かすことはできないが、職員専用の裏口通路や入り口がなく、正面玄関から堂々と敷地内に入らなければならない。勿論、出入りの都度必ずセキュリティーチェックがあって、「秘密を守ってますっ!」っていう雰囲気である。にも関わらず私のような外部の者があっさりと入れるのはどうやらT安君の博士という肩書きというか地位が影響しているらしい。
 
いかにも研究施設といった4階建てのビルディングの一室で、彼は今まで培ってきた細菌の研究を活かして新たな技術開発に取り組んでいるという。どんな研究かと言うと、大雑把に言ってtipsのhomeでバイオ菌の力で浴室のカビ発生を抑えるグッズ(こちら)を紹介したけど、そんな感じだと思ってもらっていい。
 
で、彼が見せてくれたのは2センチ角のシールだった。
 
「これは何?」と聞くと、「撥水パッチ」という答えが返ってきて、レインウェアや傘なんかの撥水加工がこれでできるとの話だった。
 
撥水加工といえばフッ素系のスプレーがまず頭に浮かぶが、彼が研究しているのはアプローチが全く異なっている。
 
そのベースにあるのは、サトイモの葉だという。
 
皆さんもサトイモの葉の上で雨粒が水玉になっているを見たことがあると思うが、あの葉っぱの表面は細かい球状の細胞でびっしり覆われていて、これが水をはじいて、葉の表面をコロコロと転がる水玉にしている。これは蓮の葉も同様で「ロータス効果」と呼ぶんだって。
 
このサトイモの葉にある球状の細胞から遺伝子レベルで取り出したモノに細菌の力を使ったバイオ技術を駆使してレインウェア等の表面に同様のものを発生させて撥水を実現しようというわけ。以前からバイクツーリング用のレインウェアには、そこそこのモノを私が使っているのを彼は知っていて意見を聴こうと思ったらしい。
 
それで、バイクツーリングで使用するレインウェアは、フツーの雨合羽に比べ耐水性や透湿性において高いレベルを要求されるけど、やはり表面の撥水加工は半永久的なものではない。
 
なので、時々撥水加工をしたりする必要がある。ところが、よくあるスプレー式の撥水加工だと、最初は勢いよく水をはじくのだが効果の低下が割と早い。また、この撥水加工作業が結構メンドーで、ついついというか、ほとんどできないという人が多いという。もちろん、私もその一人。
 
ところが、これだと半年に1回パッチを張り替えるだけでOKなのだという。しかも、これまたバイオの力で防カビ効果もあるという。で、サトイモの葉っぱがどんなに長雨でも綺麗に水を弾いていられるのは、葉っぱが生きているためで、この技術によって発生した細胞も当然生きている。
 
例えが悪いが、カビが全体にくまなく蔓延っているみたいな状態。実際、顕微鏡で試作品で処理したレインウェア表面を覗かしてもらったが、びっしりと細胞に覆われていた。でも、その細かい細胞の間にはこれまた細かい隙間があるので透湿性も高いそうな。
 
「このパッチを貼れば何でも撥水加工が出来るのか?」って聞いたら今のところ繊維系のものだけしか実用に耐えないとのことだった。一個一個の細胞からは植物の根っこみたいなのが伸びていて、無数に伸びたそれが繊維の隙間を通ってガッチリ絡みつきしっかりと定着しているそうな。
 
だから、鉄板やプラスチックみたいなものだと擦れたり、雨が当たる時の力で簡単に細胞が剥がれてしまうとのことだった。
 
レインウェアだけでなく、テントのフライシートやタープ等繊維系のものならパッチを貼るだけで簡単に撥水加工ができ、将来的は色々な物に応用できそうである。サスガ、博士だけはある。同級生としてハナタカダカな気分にさせられた一時だった。
 
実用化にはコスト面や安全性の確認などクリアしないといけない課題がいくつかあるとのことだったが、モノとしてはかなりイケてると思う。友達のよしみで実験台になって実際に使ってみることになり、その撥水パッチなるものを2枚もらってきた。
 
これで雨降りのツーリングが楽しみになってきた。
 
 

(2011.09.10作成)